情報は簡潔が一番


情報のコード化、
コンピュータ通信というものをイメージする格好の道具となるものに
モールス信号がある。

「トン」という短音と「ツー」という長音の二種類の組み合わせで、
アルファベットやカナを表現でき、情報を伝達できる。

これは「トン」を0、「ツー」を1に置き換えても同じことで、
コンピュータ通信と同じ原理である。

Aは「トン、ツー」、
Bは「ツー、トン、トン、トン」、
Cは「ツー、トン、ツー、トン」、
Eは「トン」、
Qは「ツー、ツー、トン、ツー」

という具合に対応させることで、遠く離れた人と交信できるわけだ。

ここで注目したいのは、英単語で最もよく使われる
Eには「トン」という短い符号を割り当て、
使用頻度の低いQには「ツー、ツー、トン、ツー」
という長い符号を割り当てていること。

これが人間の知恵というもので、知恵を使えば何が得られるかというと、
情報量の節約ができる。

これを情報の圧縮と言う。

コンピュータの世界では圧縮という言葉が頻繁に使われる。

画像の圧縮、動画の圧縮などは非常に重要である。

たとえば青空の写真を画像データとする際、
一番愚直なやり方は、何万、何十万と分割されている
画面上の枠の一つひとつに対して、

ここは青、ここは青、ここも青、ここも青、ここも青……、
と情報を入れていくことになる。

非常に非効率で、情報処理量も増える。

それに対して、少し気をきかせて、

「ここからここまでは全部同じ青にせよ」としてしまえば、

何万行もの処理が1行ですむことになる。

データが軽くなれば、コンピュータもその分楽ができるし、
回線にも負荷がかからず、スムーズに送られる。

重いデータを圧縮して軽くするのは、いいことずくめなのである。

ここでふと気がついた。

情報は物質でないから、大きさも重さもない。

それでも節約した方がいいのである。

情報と物質の関係について、本書ではマッチ棒で説明している。

マッチ棒が三本ある。

これは物質である。

マッチ棒三本で三角をつくると、
人はそれを見て「三角!」と認識する。

それが情報である。

ここでは三角ということが重要なのであって、
マッチ棒はそれを表す道具にすぎないから、
箸でも爪楊枝でも何でもいいのである。

ただ、何もなければ「三角」という情報を
人間に伝えることはできない。

つまり何を言いたいのか。

情報は物質ではないけれども、
物質と無関係ではなく、
物理的な制約を受けるということ。

それから、物質でないものでも、
データの圧縮という形で、節約しなければならないという現実である。

情報だって節約しなければならない。

垂れ流しでいいわけではない。

記者、作家を問わず、
文章を書く人にはおしなべて言葉を節約することが求められている。

同じ内容の情報を一千字で伝える人と
二千字で伝える人がいたとすれば、
明らかに前者の方が優れている。

読む方も半分の労力で同じ情報を得られるのだから、
どれだけ助かるかしれない。

紙とインクが節約できるのはもちろんのこと、

それ以上にエネルギーを節約できる。

情報処理が非常にエネルギー使う作業であることは、

誰もが体験している。

この点、人間とコンピュータは似ている。

大量の情報処理を負わせられると、人間は頭が痛くなるが、
コンピュータもブーンと唸りを上げ始める。

CPUが加熱するため、冷却ファンがめちゃくちゃに回り出すのである。

さらに大量の情報を押しつけられると、
人間は投げ出すか、
逃げ出すかして機能停止する。

コンピュータもやはり止まってしまう。

なぜ人間の真似をするのか。

機械なのだから、
愚直に一つひとつ処理していけばいいじゃないかと思うのだが、
面白いように固まってしまうのである。

節約の観念が薄れ、饒舌になってきた。

言葉は節約しなければならないと言ったそばから、
どうでもいいことを書きたくなっている。

情報の垂れ流しは、紙とインクとエネルギーの浪費である。

コンピュータ通信はモールス信号のように、
0と1というたった二つの道具で森羅万象
を伝達しているわけだが、実際、
どのようにして電話線を流れているのだろうか。

従来の電話は音声をアナログの電気信号で送っていた。

電気信号ではあるけれど0と1の情報(デジタル情報)
ではないのである。

そのため、コンピュータから出力される0と1
の信号をそのまま電話線に送るわけにはいかない。

そこでデジタル信号をアナログ信号
に変換して送るモデムが必要になる。

モデムがピーピーガーガーうるさいのは
0を「ピー」、1を「ガー」といったように、
0と1の情報を音に変換して送っているからだ。

それを受け取った先のモデムが今度は、
ピーガーの音を聞き分けて0と1の情報に再び
変換してコンピュータに渡しているのである。

デジタル回線の場合はこの逆の作業を
ターミナル・アダプタ(TA)が行う。

ところで、世界中の何億人という人々が
それぞれのパソコンや携帯からインターネット
にアクセスしたり、
メールを送ったりして、

回線の中は膨大な0と1の羅列が行き交って
ごじゃごじゃになっているはずなのに、
こんなにうまくいっているのは不思議だと思いませんか。

もちろん回線の中で情報がごじゃごじゃに混じり合ったりはしない
(見たことはないが)。

インターネットでは、それぞれの情報には宛先を示す住所が記されて
いて、そこに正しく向かうような決めごとができている。

それがTCP/IPと呼ばれるものである。

これがうまく働いているから、
たとえば間違ったアドレスに送ったメールなども、
届かない情報が永遠に回線網を回り続けることがないように、
一定の回数ルーターを通過して届かなければ捨てられ、
そのことが自動的に送信者に伝えられるようになっている。

また、情報はパケットという小包に小分けして送られ、
届いてから元に戻すといった芸当も
TCP/IPの仕組みで可能になっている。

電子メールは伝言ゲームのように伝えられる。

AさんがXさんにメールを送ったとする。

メールはまず手近のBというルーターを通過するが、
BはXのアドレスを知らないから、
CとかEに転送する。

Eも知らなければGに転送し、
GはまたIへということを繰り返しているうちに、
Xを知っているサーバーに突き当たるというわけである。

インターネットには中心がなく、
全体を統括する存在もない。

それぞれが場当たり的な処理を
することで全体が機能するような
仕組みになっているのである。


クロード・シャノンの情報理論

本書を読んだ上で、私なりの理解で
コンピュータとITをものすごく大ざっぱに説明するとこうなる。

コンピュータは電気を使う。

電気が通った時を0とし、通らない時を1とすると決めて、
論理にかなった回路を作る。

たとえば2進法で、
01+01=10(10進法での1+1=2)の計算は、
誰が見ても正解だ。

だから、電気が通るか通らないかの2種類
の違いを使って
01+01=10になる仕組み
(0が点灯、1が消灯となる回路)
をつくることが可能なのは素人でも直感的にわかる。

1+1=2が電気回路できるならば、

この応用で複雑な計算も可能になるのは、
そのやり方はわからなくても想像はできる。

こうして、コンピュータは高速計算機となったが、
それだけではマルチメディアやインターネットは実現しない。

コンピュータが単なる計算機でなく、
情報処理マシンとなったのは情報理論によるところが大きい。

これはビットとかバイトで情報量を表す“あれ”である。

ここで細かい説明をすると

「もっと簡単にわかりやすく!」となるから、すべて端折る。

数だけでなく、文字、色、音なども全部、細かくぶったぎって、
一つひとつに数字を対応させれば、
すべてマシンで処理できるじゃないかと言った人がいる。

クロード・シャノンという天才である。

数値化、コード化(光る消えるの点滅でも表せる)するから
音も色もすべてを一緒くたにして、
地球の裏側まで電話線や光ファイバーで運べる。

そして、目的地についたところで、
元の音や色をその順番通りに再構成する。

この仕組みによって、
われわれは地球の裏側の人とテレビ電話で話すことも可能になった。

画面上ではまさに目の前で話しているように見えるが、
その実態は膨大な0と1の羅列として光の早さで伝わってきたものを、
それらしく見えるように再構成したものなのだ。

色や音を細分化する際、
細かければ細かいほど精巧になる。

たとえば音楽CDには音など入っていない。

CD上に刻まれているのは元となった音を4万4100分の1秒毎
に分割して、その瞬間の音に対応する数値をならべた情報である。

ラジカセはそれを瞬時に読みとって、音を出しているのである。

こういう仕組みを総称して、われわれはデジタルと呼んでいる。

壮大な騙し、手品のようでもある。

デジタルの思想は大ざっぱである。

しかし、デジタルを極めれば極めるほど、
細分化を極限まで推し進めるほど、
本物とニセモノ、元とコピーの差はなくなる。

この調子で、人間もデジタル化できる日がそのうち来るのだろうか。
| 日記

電話はなぜ通じる?

何年か前、年輩の読者からこんな電話をもらったことがある。
「みんなインターネットが、IT(情報技術)がどうこう言っているけど、
本当のところ、どこがどうなって、それができているのかわかっているのか。

インターネットはもとより、電話がどうして通じるのか、コンピュータがなぜ計算できるのか、ウィンドウズがなぜ動くのか、私はその原理がまったくわからないし、それを簡単に誰にでもわかるように教えてくれる本も見たことがない。教えてくれ」というのである。

(そんなことをいきなり言われても……と思った)

それは多くの現代人が感じていることである。

オートバイや自動車などの機械は、その構造や仕組みが直感的にわかるが、
コンピュータや情報技術は直感的にわかるものではない。

百年の知恵と技術の積み重ねで実現しているものを、
素人が五分で納得できるように説明してくれというのは虫のいい話である。
とはいっても、これだけ情報化社会が進展しているのに、
その原理を根本のところからわかりやすく説明してくれる本が
少ないのは事実である。

それができる人が少ないからだと思う。

その意味で、トロン・コンピュータの発明者である本書の著者は
ベストの一人である。

ITを根本からわかっていて、それを平易な言葉で説明できる人である。

情報化社会はその道具も仕組みも益々複雑化している。
最初から最後まで、細部に渡って把握している人は一人もいない。
そんなことは不可能である。

だからこそ、根本原理を知っておくことが大切である。
根本がわかれば、あとはその応用にすぎないので恐れることはない。

コンピュータに関して、ほとんどの人は誤解している。
最も大きな誤解は、間違えないと思われていることと、
ものすごく複雑な原理で情報処理(計算)
していると思われていることだろう。

実際のコンピュータは思いっきり間違えて、
平然としているのが常であるし、
その原理はものすごくシンプルなものである。

その辺りの説明も本書はわかりやすい。
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